プロフィール

大学時代からの経歴を簡単にまとめてみました。

大学時代

大学は教育学部を卒業。特になりたいものが決まっておらず、パソコン関係の仕事に就くことができればいいなくらいに考えていました。なので、実家から近い大学でパソコン全般に関して触れることができるのが教育学部の情報コース。普通は教育学部は教育実習に行かないと卒業することはできないのですが、入学したコースは情報コースなので教育実習に行かなくても卒業することは可能でした。
大学3年間でパソコンにまつわるものには大体触れることができて、自分がやりたいものはCGだと決めました。大学を卒業してから専門学校に行くことも考えました。しかし、近くのCG専門学校を探してみると、大学の授業のない日に授業のあるデジタルハリウッドを見つけて、4年生の時にダブルスクールで通うことにしました。
卒業間近になって気が付きました。大学、専門学校の卒業制作が重なっていることに。なので就職に必要になってくるポートフォリオ制作は完成形にはすることができませんでした。卒業後はポートフォリオを良くしていくことと並行して就職活動をしていきました。なかなか就職先が決まらず年を越えて本格的に焦りだしたときにmixiで募集されていた会社に運よく就職することができました。その時に作っている作品がもう少しで完成する状態だったのですが、現状のもので一度ポートフォリオを確認してもらい、その後、改めて完成したものを提出しました。就職後に聞いた話ではポートフォリオのクオリティ的には厳しいところがあったけれど、すぐに少しでも質の高いものを提示しようとしてきたところがよかったと聞くことができました。

1社目

最初の会社ではゲーム主にDSのソフトの作品に参加していました。入社して一週間で自分が作成していたものに大きなミスが発覚して出社前の朝、携帯に上司から連絡があり、今日は休んでいいと言われてました。上司が自分のミスを直してくれて、それを直すのに私にかまっている余裕がなかったからでした。これはさすがに自分の中で深く記憶に残っている出来事。そして初めて仕事で泣いたときでした。
そこで1年過ごして、会社を畳むことになり、派遣会社を通して別会社に就職。

2社目

そこは有名監督が在籍する映画作成会社で、周りはできる方ばかり。朝から晩まで働いてもなかなかOKはもらえず、疲弊していきました。ここで良くなかったのは、助けを求めるのが下手だったことです。できるできると言って結局何も出来ませんでした。2ヶ月で契約を終わりにして別会社に行くことにしました。

3社目

次は遊技機開発の会社に派遣として就職。職場は約2時間かかる会社でした。CGデザイナーとして入りましたが、オーサリング作業を経て、最終的にはディレクター業務までやることになっていました。ここでは2年ほどいて、社員になる話もありましたが、ここでは社員にはならず派遣社員のままやめることにしました。なぜ社員にならなかったかと言うと、社員になっても朝早く来たりしないといけなかったりとメリットがなかったからです。

4社目(現在)

次の会社が現在務めている前社同様に遊技機開発の会社。演出作成~実機への組み込みまで担当しています。ここで、ディレクターをやり、プロジェクトが炎上。そこでいろいろと働き方への考え方が変わりました。詳しくは別の記事を作成します。

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